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gm.imeka

Author:gm.imeka
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家族アリ 夫1人、子供3人
全員O型 お気楽家族

日本の代表的スクラップブッキング雑誌
Love My Memories((ラブメモ)
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尊く素敵な思い。

盛岡で活躍されているスクラップブッキングの仲間
angieさんが、’写真のチカラ’という心打たれる記事を書いていらっしゃいます。
ぜひ読んでみてください。

この記事を証明するようなことが宮城の被災地で起こっています。

'持ち主を待ちながら'~河北新報3月26日【土】朝刊14面より。

最も被害の大きかった地域の一つ。女川町。
避難所の一つ、女川町総合体育館に瓦礫の中から見つかった写真が次々に集まっている。
結婚式や、日常のスナップ、1枚1枚からそれぞれの暮らしと思い出がしのばれる。
避難所スタッフは持ち主が現れることを願いながら写真の泥を落とし、整理する打行を続けている。

あんな過酷な津波の中で、写真が残っていた。
泥をかぶってはいるけれど、職員が給水タンクの水を少しずつ買いながら泥を洗い落としている。
どんな暮らしがそこにあったかがはっきりと映し出されている。

同町の女性は娘さんが移った、バスケットボールチームの記念写真を見つけた。
同じ写真が津波で流された家にもあったという。
カラーコピーが出来るようになったら、もらおうと、声を弾ませた。~以上記事より。

大切な人を亡くし、絶望のその中で、写真という思い出が残ることが奇跡。
景色さえ変えてしまった震災。
記録として、記憶として、やはり残すべきものは写真ではないでしょうか。

石巻では自衛隊員が行方不明の捜索をしながら見つけた写真や思い出の品を
大事に持ち帰って、持ち主に届けようとしていたり、
南三陸町では’思いで探し隊’とボランティアグループが瓦礫の中から、生活のかけらや、写真、アルバムを探し出しています。亡くなった人の生きていた証。それも残された人にとっても生きていく糧。


angieさんの言葉が胸に迫ります。

私の大好きだった三陸の景色も、その敬称が無残な姿になっているという記事もありました。
1昨年訪れたときの景色です。

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岩手県大槌町 ホテル前のビーチより。
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宮古市浄土ヶ浜

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碁石海岸

しょっちゅう行っていた福島の相馬市松川浦
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津波に襲われたであろう、いちご園。blog6_20110329143705.jpg
すべてが、元の姿になるのは遠い未来でしょうが。
時間をかけても取り戻したい、それぞれの景色。
そしてそれぞれの人たちが、安心して暮らせる日を願います。

’写真’それは不思議なチカラを持つすばらしいものです。
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